「決めごと」を決めるための前書き。

「自分が人生で大事にしていることって、なんだろう。」

やるべきことをやっていると、いつの間にか一日が終わっている。そんな日常を過ごしている皆さんと同じく、僕も、あっという間に一日が終わってしまう時を生きています。特に冬場なんかは一日の終わりが早い。時間に追われる側になると、自分を生きている心地がしないです。

焦り始めると、いつの間にか「これしか選択肢がないんじゃないか」って、自身の行動を制約し始めるんですよね。迷いがなくなると確かに効率は良くなるんです。テンポよく処理される眼の前の事象を客観的に眺めながら、なんか悲しい気持ちになる別の自分がいます。自分の人生じゃないような気がして。俺こんなことやったっけ?俺じゃないんじゃない?って。

あのー、世間的に見たら正しいことでも「自分は」守れない信条って、人それぞれあると思います。

例えば僕だったら「絶対に遅刻しない」とか、「床にモノを置かない」とか。

守れる人がいるのは知っています。守ったら、みんながハッピーになることも知っています。でも、時にその決まりごとが「自分をハッピーにしない決まりごと」になってしまわないか、と。少数の「きちんとした人」には守れる決まりごとかもしれないけれど、たぶん僕にとっては辛い。逃げ道を自分に用意しないのは、しんどいんじゃないかと思ったんです。

自分が誰かから追われないようにしたいし、自分自身で自分を追い込みたくもない。そんな都合のいい話はないのかもしれません。だけど、逃げ道を最初に考えておくのって、大事だと思うんです。逃げ道が無いって怖いじゃないですか。傍目に見ても、自分に厳しく逃げ道のない人って、ちょっと怖いと思ってしまう。

スタイリッシュなことを書き出すんじゃなくて、僕の人生を幸せにできるような決まりごとを書こうかな、って思いました。だから読んでくれる皆さんには役に立たないかもしれません。どこまでも自分ごとなので。だから決まりごと、じゃなくて「決めごと」です。自分で決めたことは、とりあえず書き溜めることにしました。忘れないように。未来の自分のために。

決めごとその1 「秋冬は、夜ご飯という概念を忘れてもいいんじゃないか。」

寒くなると食欲が増すとか、人によっては落ちるとかいいますけど、自分の場合は「安定しない」ことが多いです。

僕は秋冬の季節が好きなのですが、なぜかと言えば寒いからなんですよね。寒いと、生きている心地がする。触るものが冷たく肌がピリピリするから個を感じるんです。でもそれって言い換えれば「外界からの刺激が多い」ってことです。自然と感覚は鋭くなり、花粉症の春、気だるい暑さの夏と比べれば、遥かに頭が冴える状態になります。

でも頭が冴えすぎて、生活リズムが安定しなくなってしまうんです。夜中にバイクで帰ると、寒風で刺激されたお陰でしばらくは寝られません。そうすると生活リズムが崩れます。体のON、OFFの切り替えに余計なバッファが必要になり、早く寝たくてもリズムがそれを許さない。早く寝たいんだと思うんですが、いつもと同じ行動をとってしまうんですよね。

【会社から帰る→パソコンをつける→夕飯を食べる→風呂に入る→読書か勉強をする→眠くなる→寝る】

という通常サイクルをまんまなぞろうとするんです。無意識に。副交感神経が作用するための、チルアウトするための手段がルーティンとして組まれているんですが、それを順番にやっているとそれ相応の時間がかかります。ルーティンだから意識しないと変えられないんでしょう。外部刺激をそこそこ取り入れつつ、次第に収束に向かっていくようなルーティンなので各種の動作が微妙な関係で成り立ってるはず。秋冬はどうもダメ。夜中に帰ってこようが朝方帰ってこようが、このルーティンを変えられないんです。夏は比較的何もせずにベッドにダイブ出来ちゃうんですが。

だらだら書いていますが、要は、秋冬は外的刺激が多いという外部要因を変えることが困難である以上、生活リズムが崩れやすいのは致し方ない。ただし「寝るまでに時間がかかって睡眠に支障が出る」ことと「夜中にしっかり食す」ことは直したい。

食べなくてもいいんだよ、と呪文のように自身に聞かせるぐらいしか対策を思いつかなかったので、いっそのこと秋冬は「夕飯」という概念そのものを無くしたほうが健康的な生活を送れるんじゃないか、という思考に至った次第です。

続く…