街道沿いのファミレスの朝は、「のどか」という形容詞がよく似合う。

例えば、いま僕が座っている席の隣のテーブルでは、看護女学生が向かい合って勉強をしている。上下スエットの、どこにでもいる感じの子が、ふたり。

そして、隣の席の男子学生とおしゃべりをしている。彼もどうやら医療の勉強をしているらしい。男子学生が声をかけたのがきっかけで、3人が意気投合してから、もう5時間は経っただろう。「勉強しては談笑」のセットを数分おきに繰り返している。

マスクをした彼が横を向き、目尻を下げるのが話しかける合図らしい。彼が話し始めるやいなや、彼女はテキストから目を離し視線を向ける。そして彼女も笑う。話しかけるのはいつも、彼の方から。

穏やかに時は過ぎる。
朝のファミレスは、いつだって柔らかい空気が流れている。

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話はいきなり飛ぶが、京都の大学生だった僕は、家の近くを流れる鴨川を散歩するのが、何よりも好きだった。

お決まりの散歩コースは、賑やかな四条〜丸太町より上流のエリアで、比較的、落ち着いた雰囲気を醸し出している。周囲に神社と家が立ち並び、川沿いにはカップルの代わりに桜の木が等間隔に植わっていた。高い建物はなく、遠景には東山三十六峰が望めた。

夏の時期はよく、夜中に散歩をした。夜風に当たろうと、とりあえず川に行く。

鴨川の河川敷は広く、よく整備されていたから、夜中でも歩くことができた。
河原に街灯はない。水面に反射する種々の光はわずかに、ぼんやりと河川敷を照らした。数メートル先しか見えない。星が綺麗だった。

時々人に出会う。

彼らをの存在を「青春」や「郷愁」の一言で片付けることもできるが、僕の脳裏には10年たった今でも、文字ではなく立体として焼き付いている。

ベンチの上でヤンキー座りをしながら、煙草を吸う若者がいた。真っ暗な中、遠くの何かを見ていた。視線の先には対岸の、真っ白に光る街灯と、家。メガネは掛けていたが、顔はよく見えなかった。泣いていたのかもしれない。全然泣いてなんかいなくて、就職が決まってほっとしてたのかもしれない。パラレル世界の自分を観ているようだった。

早朝歩くと、同じベンチに、膝に三毛猫を載せて、新聞を読んでいるお爺さまがいた。隣にカゴ付きの赤い自転車。大教授か、お勤めを終えたご隠居さん、といった品の良い風体。「人生の晩秋の過ごし方」写真コンテストがあったなら、佳作がもらえそうな景色だった。

その頃の僕は、脳みそがスポンジ状態だった。今もたいして持ってないけど、当時は本当に何も持っていなかったから、なんでも吸収できる気でいた。焦っていた気持ちもあったと思う。当時、一生懸命切り取ろうとした風景は、僕の数少ない財産となった。

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ファミレスの窓の外には「平日の朝」といった光景が拡がっていた。

今日もクルマは明らかにスピードを上げ、自転車を漕ぐ人は只まっすぐ前を向き、歩行者は上下運動を抑えて前進することを自分に課していた。景色は多少傾き、平行四辺形に近い風景を描き出す。「平日の朝」という舞台装置は、人を急かすように作られている。僕も少し前まで、そういう演技をしていたからよく知っている。

自分で決めていいんだよ。本当は。

朝8時。ファミレスの外から窓ごしに、一人のランドセルを背負った少年がこちらを見つめていた。たまたま目が合う。

「おじさん、何してるの?」

無言で少年は語りかけてくる。

「会社に行かなくていいの??」

僕は答える。

「今日は休みなんだ。これから学校に行くの?」

「行くよ。楽しいから。友達いるし、勉強は楽しいし。朝からおにごっこもするし…早く遊びたいから、、じゃあね。」

少年は少し口角を上げながら、目を開き気味にそう言った、ように、聞こえた。

「良かった」

「いってらっしゃい。」

僕は少年を視線で追う。彼は走って、そして通りの角で、視界から消えた。

少年の目に、窓の向こう側の世界はどう映ったのだろう。舞台装置から逃げ出すためのアジールか、それとも怠け者の収容所か。

いつか彼は、この日のことを思い出すかもしれない。そして思い出したとしたら、気づいている。窓の反対側に居たのは、他ならぬ自分自身だったことに。

 

この話はフィクションだから、本当に、そんな日がやってくることはない。

時代を超えて、昔の自分に一つの答えを渡してみたかっただけ。今日も一日。

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